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言葉の衝撃

襟を正される人

もちろん音楽や声の響きによって私に衝撃を与えた人も
いるが、その「言葉」がぐっときて襟を正されることが多い
人の一人は、詩人の茨木のり子さんだ。

ご存知、1999年発刊の「倚りかからず」は詩集としては
異例の売り上げを記録し、 「自分の感受性くらい」もよく
知られている。独立自尊で、彼女の己を厳しく律している
生き方がひしひしと伝わり、思わず姿勢を正して彼女の
言葉に目を通すことが多い。


「詩のこころを読む」(岩波ジュニア新書)の中で、彼女は
言う。

「言葉が離陸の瞬間を持っていないものは詩とは言えま
せん。じりじりと滑走路をすべっていただけでおしまいと
いう、詩でない詩が、この世にはなんと多いのでしょう。」

わあっー、何たることか!と、言葉の重みがのしかかって
くる。感情の変化を引き起こさない、衝撃音を響かせない
詩は詩ではないというではないか。

岡本太郎流に言えば、詩は衝撃だ!
と、いうことではないか、とも思う。
しかし、なんとも自分を更に厳しく追い込み、甘えの一切
も許さぬことになるような、大胆なる提言。

まさしく、これこそ、衝撃。茨木流詩魂炸裂だ。


今日のボイトレ・他

4時起床(21時45分)
寒い寒すぎる!冷えてしまうので散歩20で終わり
一連のセレモニー、母音練習

☆入浴時の習慣
スクワット・腰割り、あくび、口周りストレッチ
母音練習2、滑舌練習選、ケネディ就任演説


タグ:茨木のり子
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